第三歌集『樹々の記憶』から 自選 50首 |
(『樹々の記憶』 短歌新聞社 1999年7月18日初版刊) (この歌集は非定型、新かなづかいを採用しています) |
垢じみた「心」を洗いたい 冴えわたる寒空に三日月の利鎌だ 利鎌=とがま 明るい日暗い日嬉しい日悲しい日 先ずは朝を祝福して 生きているものは 先ずは朝を祝福して 一日の暮しがはじまる あり余る愛でわたしは白い肌に灰青色の釉薬をかけた いま絶え間なく聞える雨の音 日曜日には日曜日の傘をさす をとこ、と旧かなで表記される男 僕はそんなに古くはない 時を紡ぐ糸から手を放し 道は一つ曲がり角ではよく考えて 樹々の記憶を求めて ここは何処?自由というのは恐い 夢を約束できる人などいない 「時」は絶望を与えることもある 落日がきて野に吹きはじめた風に促されて帰って来た男よ 「信じられるのは銃の引金だけ」そんな言葉を信じるな! 大仰に笑いをはち切らす支配する者 いつも物陰から礫を投げる者 のたうつ少年の血や哀しい少女の濡れた瞳はもうたくさんだ 沈黙の中で長く枝分れしてゆく夜の闇ーーそれが時間
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詩は甘美だ 10首 |
死は甘美か 生者と死者の間に月がのぼる 詩は甘美だ アメリカの夢は甘美か 荒涼として死は現れる 詩は甘美だ お前のコケティッシュな白い裸に漆黒の裸がモザイクにからむ 詩は甘美だ お前のsoulと同じくらいお前のpennisを愛するだろう 詩は甘美だ お前の生存は甘美か 私たちの存在は甘美か 詩は甘美だ 謀られたのは誰か 彼の純白の彼女の漆黒の想念よ 詩は甘美だ 男とは過ぎゆく影だ 影は真実か虚妄か 詩は甘美だ 若い影 老いた影 脳髄の中で虹のようにとけてゆく 詩は甘美だ 認識番号を背負って生者は選別される 詩は甘美だ いま9月の雨が降る soulの雨ふる景色 詩は甘美だ
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死と詩人 8首 |
昔は「いかに死ぬべきか」という問いは「いかに生くべきか」よりも美しかった 近代戦のように死人を量産するとどうしても一つ一つの死が粗雑になる 人は赤ん坊のかたちで生れる死ぬ時も赤ん坊にかえって死ぬ人もある ひとの生誕が未知の荒野へのさすらいなら死もまた未知への消去だ 詩人は言葉で人を酔わせる酒みたいなものだ時には言葉で人を傷つける 詩人は ようくみがいた言葉で相手の心臓をぐさり とやる 詩人にとって「書かれた詩句」以上に「消された詩句」の方が多い 誰でも一生に一度は詩人になれる、だがやがて「歌のわかれ」が来て詩を捨てる
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言葉 10首 |
言葉を友にしたいと思った あれは一人旅でのことだ 確かに言葉の肩を叩くこと、言葉と握手すること、は出来ない だが言葉には言いようもない旧友のようななつかしさがある 「はじめに言葉ありき」人間は言葉と出会った時から思想的である 人間は一つの言葉、一つの名の記録のためにさすらう動物だ だから、ドラマで最も美しいのは、人が自分を名乗るときだ 人は言語によつてしか自由になれないーー言葉を言語へと高めよ どんな桎梏からの解放も言語化されねば、ただの「解放感」に過ぎない 例えば、平和という言葉を蒐集している人達は大量殺戮だってやってのける 印刷活字には鉛の重さがあった、 今では目に見えぬハードディスク中に言葉は囲われる
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愛 8首 |
自分たちにしか通じない言葉を持つのが恋人同士というものです 相合傘は世界で一番小さな、二人のための屋根であります ビバ!恋のアンブレラ!この傘の下にいると二人は「はだかの王様」です 言葉には重さはないけれど 愛には「肉体」という重さが必要です 不条理とは人と神との葛藤 愛怨とは等身大の人間同士の葛藤です かつて性を語ることがタブーだつた頃、性は二人にとって理性によらぬ荒野だった いまではこの荒野も文化のブルドーザで平らにされ、人は性に馴れてしまった 性行為は演出され、ときには虚構で彩られ、それ自体が売買される
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*書評* 定型・自由律ニ刀の手練れ 米満 英男 (短歌新聞社「短歌現代」平成11年11月号所載)
先に上梓された定型歌集『嘉木』に次いで出された口語自由律短歌の
第三歌集。 その「あとがき」に記されているように、著者にあっては、文語定型も、 口語自由律も<韻文>という点において、差別のない同根の存在 として認識され、かつ作り分けられている。 ・蜂たちは飛んで味覚を知覚する「女王はどこだ、火口をさがせ」 ・わたくしが愛するものは仮借なき攪拌だとは挑発的ね 挑発的=プロヴォカティヴ など、見事に定型に収まりきっている。が声に出して再読すると、さらに 見事に「口語自由律短歌」としての今日的言語表現に転化して響いて くる。 その逆の歌い方の作品もある。 ・悲しいお便りでした 善意に囲まれて晴ればれと暮らしていた鳩には の歌など、<完全自由律>のようだが、57577にきっちり読み下すこと ができる。 ・ここに二匹のカメがいる 一匹は質問という名でもう一匹は答という名だ 別して上の類の<直覚的思想>にこめられたエピグラム風の軽さと重さの 絶妙の均衡の前に立つ時、その手練れの技にただ息をのむ。 |