目次


***連詩三人集『命あるものへの頌歌』から***


友人・西辻明が2003年二月に送って来た「連詩」三人集『命あるものへの頌歌』からの抜粋である。
あとの二人は豊田善次と、にしつじとおる(明の弟だという)である。
目次には、Tから]まで十編の連詩となっているが、その中から、全部は書き込めないので、私の恣意で、一つづつ紹介する。
(原文は縦書き)


爬虫類と六月の料理     豊田 善次

戦争と革命に散々あしらわれた百年の後で、
ぼくはちゃんと腕をふるわなければならぬ。
だとしたら、六月の料理は何がふさわしいだろう?
食事が時に皿の上の惨劇だとしても---

訪ねて行ったら、あるじは「これがいい」と持ち出してきた、
今やお蚕の繭で栽培されるとはいえ、姿も色も魁偉なる、冬蟲夏草。
すでにリタイヤしたが、地球を股にかけた勇敢な貿易商、
褌ひとつで鎌倉の古刀をすらりと抜き放った。

「蛇と蜥蜴のたたきとかなぶんの香草炒めが、最上のもてなし」と
こないだ死んだ 昆虫屋が、むかし話していた異国の旅。
その話を思い出したので、ぼくは早々と退散した。

これは、きわめてアクチュアルな問題である。
何が起こるか、未来の予測はつかないのだ。
食材の歴史はアヴァンギァルドに発し、戦争さえ呼ぶのだから。



豊田とは私は大学の同級生で同じ学部だった。「詩」のグループを
一緒にやっていたことがある。その頃は彼は「おおさか じろう」と
名乗っていた。もう何十年も会っていない。高校の教師をしていたらしい。
この詩は題名どおり、2001年六月ころの作品らしいが、後半あたりに
書かれていることは、例の「9.11」を予測させるようで、この比喩は
秀逸である。
この「連詩」の試みは、お互いへの「挨拶詩」の一面も持っているので、
二連三行目の「貿易商」というのが西辻明のことを指している訳だ。
こういう、四行×2、三行×2、という詩の形式は西洋詩の伝統的なもので、
「十四行詩」「ソネット」「カトラン」と呼ぶ。
豊田に一度会いたいものだ。



連詩『命あるものへの頌歌』から抜粋。


箴言    西辻 明

なゐ(地震)ふるはづき(葉月)またうけこたへ(応答)あり
ながつき(長月)はくろ(白露)つくもぐさ(九十九草)みづに
をはりのはなさき かんろ(寒露)はやとうか(十日)
かむなづき いさ いさ いさ

何が起こるか 一寸先は 真暗だ

摩天楼を 紅蓮の焔 噴出させ 天に沖する 黒、黄、白煙
数万トンプレス圧延高張力チタン合金の 主翼五十メートル
15度に傾け 左旋回に鉄とコンクリートとガラスを截断する
ジェット燃料四・五・六千キログラム満載の一瞬の大爆発
操縦するあなた自身と 六千の世界の頭脳の幾千億の
大脳神経細胞を殺す 大崩落 かかるヒトの暗黒の熱情は
原子力空母艦載攻撃機深夜出撃の 青白く噴射する感情
ヒトゲノム解読完了のホモ・サピエンスは DNA二重螺旋構造
のいかなる塩基配列に 同種殺戮本能を 入力刻印したのか
脳天を直撃するハイエナ肩甲骨の陥没 七百万年アフリカ大地
溝帯 キリマンジャロ コーカサス カラコルム ヒンズークシ
パミール ヒマラヤ 第三間氷期の万年の氷河 突き刺す巓嶺を
紫電一閃 寸断破砕する 「正義」の剣は氷河を断ち割る カレワ
ラの巨人か この俊英 剛毅果断は 天空を飛翔する大鷲が啄む
肝脳塗地 鉄鎖に繋がれたヒトはプロメテウスではなかったのか
失うべきものは---------?

----------Thrice three hounded thousand years
O'er the earthquake's couch we stood:
Oft, as men convulsed with fears,
We trembled in our multitude,     *

山翻江倒海巨瀾捲奔騰急萬馬戦猶酣   **
                        <'01.10,19.定稿>
(自注)
  *  P.B.Shelly "Prometheus Unbound" 11.74〜77
  ** 《山》十六字令三首之二首目  毛沢東

(お断り)詩の冒頭の()内は、本来「ふり漢字」である。
「ひらがな書き」に漢字でルビが振られているもの。
見苦しいが、お許しを。

西辻明は私と同じ大学の英文科専攻だが、二つほど先輩である。
彼の詩は、この作品に見られるように他人の作品を取り込む、 いわゆる「コラージュ」という手法を好む。
先の豊田の詩の中に書いてあったように、壮年期に貿易にかかわり、 いま問題の北朝鮮との貿易にも当り、その頃の金日成主席への 激しい個人崇拝を目のあたりにした、という。
この作品は2001年9月11日の事件を題材にしているが、面白い詩に 仕上がった。
シェリーの詩の引用に見られるように「プロメテウス」という視点が、 この作品の主題となっていると言えよう。
引用の毛沢東の詩は、西辻の了解を得て、私の第四歌集『嬬恋』の中の 「ダビデの星」の章に使わせてもらった。

TOP  目次

inserted by FC2 system